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東京地方裁判所 平成6年(行ウ)19号 判決

東京都港区南麻布三丁目五番一二号

原告

小川泰央

右訴訟代理人弁護士

細谷義徳

仲谷栄一郎

上野攝津子

内藤良祐

山下朝陽

高取芳宏

東京都港区西麻布三丁目三番五号

被告

麻布税務署長 小池哲男

右指定代理人

竹村彰

渡辺進

太田泰暢

石黒邦夫

林裕之

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告平成元年分所得税について平成四年二月二七日付けでした過少申告加算税賦課決定を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、平成元年分所得税について、総所得金額を二一九三万九二五五円、所得税額を六〇四万三八〇〇円(納付すべき税額八九万五六〇〇円に源泉徴収税額三七八万九二〇〇円と予定納税額一三五万九〇〇〇円を加えた金額)として、法定の期限内に確定申告をした(以下「本件申告」という。)。

2  原告は、本件申告に際し、東京都中央区月島一丁目六〇一番及び七一一番所在の建物一七棟とその敷地の借地権の譲渡に係る譲渡収入一八億三八〇〇万円(以下「本件譲渡収入」という。)を計上していなかったところ、被告は、平成四年二月二七日付けで、原告の平成元年分所得税につき、前記総所得金額のほかに、右譲渡に係る分離長期譲渡所得の金額が一七億〇六一七万六〇七九円あるとし、その所得税額を四億三〇五八万七八〇〇円(納付すべき税額四億二五四三万九六〇〇円に前記源泉徴収税額と予定納税額を加えた金額)とする更正(以下「本件更正」という。)を行うとともに、過少申告加算税六三三七万九〇〇〇円を賦課する旨の決定(以下「本件決定」という。)をした。

3  原告は、平成四年四月二八日、被告に対し、本件決定につき異議申立てをしたが、同年七月九日付けで棄却されたため、同月二八日、国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、これも平成五年一〇月二九日付けで棄却された。

4  国税通則法六五条四項の適用

しかしながら、原告が本件申告において本件譲渡収入を計上していなかったことについては、次のとおり国税通則法(以下「法」という。)六五条四項にいう正当な理由があるから、本件決定は違法である。

(一) 前記建物一七棟とその敷地の借地権(以下「本件資産」という。)は、原告の祖父である亡小川仲蔵(昭和四四年三月二八日死亡。以下「仲蔵」という。)の遺産であり、別紙記載のとおり、原告を含む二〇名の共同相続人が相続し、遺産分割協議が未了であったが、昭和六三年七月、右共同相続人のうち小川久美子とその子七名(以下「久美子ら」という。)が、その持分合計五分の一を協進商事有限会社(以下「訴外会社」という。)に売却した結果、その残り五分の四の持分(以下「本件譲渡資産」という。)をその余の原告を含む一二名の共同相続人(以下、久美子ら及び原告を除く一一名の相続人を「相続人ら」という。)が未分割の状態で共有していた。

(二) 原告及び相続人らは、平成元年一月ころ、〈1〉原告は、相続人らから委任を受けて本件譲渡資産の売却に当たること、〈2〉原告は、右委任を受けるに際し、相続人らに対して、本件譲渡資産の売却見込額のうち、それぞれの相続分を考慮に入れた金額を仮払いすることなどを内容とする合意をし、原告は、右合意に基づき、訴外会社と本件譲渡資産の売却について交渉を行い、同年七月、訴外会社に対し、本件譲渡資産を代金四五億八七〇〇万円で売却した(以下「本件売買契約」という。)。そして、原告及び相続人らは、平成二年七月ころから、仲蔵の相続財産の分割協議を行い、平成三年二月ころ、本件譲渡資産の右譲渡代金についての配分の協議が成立し、原告が右譲渡代金のうち一八億三八〇〇万円を取得することとなった。

(三) 本件譲渡資産の売却の経緯は右のとおりであるが、原告は、次の理由により、本件譲渡収入が平成元年分に帰属しないと判断していたものであって、その判断には合理的な根拠があり、申告しなかったことはやむを得ないというべきである。

(1) 訴外会社は、暴力団と関係のある地上げ屋であり、本件売買契約を締結したものの、後にどのような言いがかりをつけてくるかもしれず、また、訴外会社と開発業者等との間に紛争などにより、右契約の効力が後日否定されるおそれがあった。そのため、原告としては、最終的に開発業者が訴外会社から本件資産を買い受け、その引渡を受けない限り、本件売買契約による売却が確定するとは考えられず、本件においては、本件資産が開発業者である南房総リゾート開発株式会社に転売され、その引渡が完了した平成二年七月ころまでは、本件譲渡収入が収入として確定したものと考えることは困難であった。

このように本件譲渡収入が平成元年分に帰属するかどうかの判断は、微妙かつ困難なものであって、そのことは、原告が、平成二年一一月ころ、被告所部の調査担当職員に対し、本件譲渡資産の譲渡に関する資料を提出して、その譲渡収入が平成二年分あるいは平成元年分のいずれに帰属するかについて、被告の見解を示してほしい旨を求め、同年一二月中には回答する約束となっていたにもかかわらず、平成三年三月一五日に至っても何の回答もされなかった上、被告において、本件譲渡収入が平成元年分に帰属すると判断して、その旨の修正申告を慫慂したのが平成三年六月、本件更正をしたのが平成四年二月であったことから分かるように、被告でさえ、右譲渡収入がいずれの年分の所得に帰属するかの判断の検討に長時間を必要としたことからも明らかであるといえる。

(2) また、本件譲渡資産は未分割の相続財産であり、原告及び相続人らの間においてその譲渡代金について配分の合意が成立したのは、平成三年二月ころであるから、本件申告当時、原告としては、いくらを所得として申告してよいか不明であり、申告するとしても、本件譲渡収入一八億三八〇〇万円のうち、原告の法定相続分(二〇分の一)に相当する額を超える部分については、原告の収入として確定しておらず、申告の基礎とすることはできなかったというべきである。

5  法六五条五項の適用

原告は、平成二年分所得税について、本件譲渡収入を計上して確定申告をしており、法六五条五項の趣旨に照らせば、右確定申告書は、実質的には平成元年分所得税の修正申告書と同視できるというべきであるし、また、その提出は、平成元年分所得税について更正があるべきことを予知してされたものでもなかったから、原告の平成元年分所得税については、法六五条五項により、過少申告加算税の賦課をすることはできないというべきである。

6  裁量権の範囲の逸脱

原告が本件譲渡収入の帰属すべき年分を誤ったとしても、それはわずか一年にすぎず、平成二年分としては申告しているのであるから、実質的には適法な申告がされた場合と大差ない。また、本件の場合、過少申告によって失われる税収は一年分の金利相当分でしかなく、それも本件更正に伴う延滞税の賦課によって実質的には確保されているから、税収の不足も問題とならない。したがって、本件決定は、過少申告加算税を賦課する実質的基礎がないのに、単に形式的に過少申告加算税の賦課要件に該当するという理由だけで行われたもので、被告の裁量権の範囲を逸脱してされたものというべきである。

7  右4ないし6記載のとおり、本件決定は違法であるから、原告は、その取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の事実は認める。

2  同4の冒頭部分は争う。

同4(一)の事実は認める。

同4(二)のうち、原告が、訴外会社と本件譲渡資産の売却について交渉を行い、平成元年七月、訴外会社に対し、本件譲渡資産を代金四五億八七〇〇万円で売却したことは認めるが、その余は争う。

同4(三)のうち、訴外会社が暴力団と関係のある地上げ屋であることは不知、その余は争う。

3  同5のうち、原告が平成二年分所得税について本件譲渡収入を計上して確定申告をしたことは認めるが、その余は争う。

4  同6は争う。

三  被告の主張

1  本件決定は、法六五条一項に基づき、原告が本件更正により新たに納付すべきこととなった税額四億二四五四万円(法一一八条三項により一万円未満切捨て)に一〇〇分の一〇の割合を乗じて算出した四二四五万四〇〇〇円と、同条二項に基づき、新たに納付すべきこととなった税額四億二四五四万四〇〇〇円のうち本件申告に係る税額六〇四万三八〇〇円(申告納税額八九万五六〇〇円に源泉徴収税額三七八万九二〇〇円及び予定納税額一三五万九〇〇〇円を加えた金額)を超える部分四億一八五〇万円(法一一八条三項により一万円未満切捨て)に一〇〇分の五の割合を乗じて算出した二〇九二万五〇〇〇万円との合計額六三三七万九〇〇〇円を過少申告加算税として賦課したものである。

2  本件譲渡資産は、平成元年七月三一日には買主である訴外会社に引き渡され、譲渡代金金額も受領されているのであるから、右譲渡に係る収入金額が平成元年中に確定していることは明らかであり、その譲渡所得は平成元年分の所得に帰属するものというべきである。

(一) 法六五条四項にいう正当な理由がある場合とは、当該過少申告が真にやむを得ない理由によるものであり、過少申告加算税を賦課することが不当若しくは酷になる場合をいうものである。原告は、本件譲渡資産の売却が確定したのは訴外会社が他の開発業者に転売した時であると認識していた旨主張するが、それは単に原告の法の不知若しくは誤解に基づくものにすぎないから、これをもって正当な理由があったとすることはできない。

なお、原告の調査に当たった被告所部の職員は、調査の当初から、本件譲渡資産の譲渡収入が平成元年に帰属するのに原告がその旨申告していないのではないかとの疑義をもって調査を開始し、調査過程においてその譲渡収入が平成元年に帰属すると思料されたので、原告に対しその旨説明し、修正申告書の提出を慫慂したものであり、帰属年分について回答する約束をしたことはない。

(二) 原告は、本件申告当時、相続人らとの間で未だ配分の合意が成立していなかったから、本件譲渡収入のうち原告の法定相続分(二〇分の一)に相当する額を超える部分については、原告の収入として確定しておらず、申告の基礎とすることはできなかった旨主張する。

しかし、本件売買契約は、原告が相続人らから本件譲渡資産に係る各共有持分を買い受けた上、自己の共有持分と併せて訴外会社に売却したものであって、原告は、本件譲渡資産の譲渡による収入全額を申告することができたものである。

すなわち、原告は、平成元年六月ころまでに、本件資産について、小川多七(以下「多七」という。)から持分五分の一を七億五〇〇〇万円で、小川とよから持分五分の一を六億五〇〇〇万円で、柳町シン、高梨エツ、小川リツ、小川三郎、小川昌男及び小川リエから持分各三〇分の一ずつを合計六億五〇〇〇万円で、小林公子、小川貴正及び小川統央から持分各二〇分の一をそれぞれ二億円の合計二六億五〇〇〇万円で買い受けた上、自己の持分二〇分の一を併せた本件譲渡資産を訴外会社に売却したものである。

3  法六五条五項は、修正申告書の提出を前提とするものであり、その提出がない以上、同条項が適用される余地はない。仮に、平成二年分所得税の確定申告書の提出をもって右修正申告書の提出があったとみることができるとしても、原告は税務職員から本件譲渡収入が平成元年分に帰属すると指摘されていたのであり、更正を予知してされたものというべきであって、同条項は適用されない。

4  原告は、本件決定には過少申告加算税を賦課する実質的基礎が欠けると主張するが、原告が一年遅れで本件譲渡収入を確定申告したからといって、本件決定が違法とならないことは明らかであって、原告の主張は理由がない。

四  被告の主張に対する認否及び反論

1  被告の主張1は認めるが、同2(一)、(二)、3及び4は争う。

2  本件更正は、原告が相続人らと共にそれぞれの所有する持分割合に応じて本件譲渡資産を売却したとして、本件譲渡収入が分離長期譲渡所得に該当するとしてされたものであり、被告が、本訴において、原告が相続人らから各人の持分を譲り受け、本件譲渡資産を全部自己のものとして売却した旨主張することは、違法な処分理由の差し替えであって許されないというべきである。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求原因1ないし3の事実、同4(一)の事実、同(二)のうち、原告が訴外会社と本件譲渡資産の売却について交渉を行い、平成元年七月、訴外会社に対し、本件譲渡資産を代金四五億八七〇〇万円で売却したことは、いずれも当事者間に争いがない。

そこで、まず本件譲渡資産の売却の経緯についてみるに、右争いのない事実に、原本の存在及び成立に争いのない乙第一、第二号証の各一ないし三、第三号証の一、第三号証の二ないし七の各一、二、第四ないし第六号証の各一、二、第九ないし第一一号証、原告本人尋問の結果により成立の真正を認める甲第一一号証(後記採用しない部分を除く。)及び原告本人尋問の結果(後記採用しない部分を除く。)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

1  仲蔵は昭和四四年三月二八日死亡したが、その遺産分割が未了であったところ、昭和六三年七月ころ、久美子らが本件資産の持分合計五分の一を他の相続人に無断で訴外会社に売却した。訴外会社は、原告及び相続人らからも残りの持分五分の四(本件譲渡資産)を買い取ることを希望し、その旨申し出ていたが、原告は、訴外会社と各相続人が別々に交渉していくことは望ましくないと考え、相続人らのうちで最年長である多七と相談し、原告がまとめて本件譲渡資産の売買交渉に当たることとし、昭和六三年八月ころから訴外会社と交渉を始めた。

2  原告は、本件資産はもともと亡父(小川信次)のものであり、長男である自分に多くの権利があると考えていたが、相続人らから売買交渉の委任状をもらうこととしたところ、相続人らの中には金銭の支払いを希望する者もあったことから、結局、相続人らにそれぞれ一定の金員を支払うこととし、自らあるいは多七を通じ、平成元年六月ころまでに、一一名全員から、委任状のほかに共有持分譲渡契約書の作成、交付を受けた。

右共有持分譲渡契約書は、相続人らが、それぞれ本件譲渡資産に対する自己の共有持分を一定の代金(多七は七億五〇〇〇万円、小川とよは六億五〇〇〇万円、柳町シン、高梨エツ、小川リツ、小川三郎、小川昌男及び小川リエは合計六億五〇〇〇万円、小林公子、小川貴正及び小川統央は各二億円)で原告に譲り渡し、原告はこれを譲り受けたとの内容のものとなっており、その譲渡に関して生じた税金は各納税義務者がそれぞれ負担すること、この契約は仲蔵の他の遺産に関する分割等に一切影響を与えない旨の条項も記載されており、原告が弁護士と相談の上、その文案を決めたものである。

3  そして、原告は、多七に対して、平成元年四月二八日に一億円、同年八月三一日に六億五〇〇〇万円、小川とよに対して、同年六月五日に六億五〇〇〇万円、柳町シンに対して、同月二五日に一億〇八五〇万円、高梨エツ、小川リツ及び小川三郎に対して、同月二二日に各一億〇八三〇万円、小川昌男に対して、同月二八日に一億〇八三〇万円、小川リエに対して、同月二三日に一億〇八三〇万円、小林公子、小川統央及び小川貴正(右三名は原告の兄弟である。)に対して、同年八月三一日に各二億円を、それぞれ支払っているが、右金額は、原告が相続人らとの間で取り交わした前記共有持分譲渡契約書に記載された共有持分の譲渡代金額と一致している。

4  その間、原告は、訴外会社との売買交渉を進め、平成元年六月三〇日には、訴外会社から原告あてに、〈1〉本件譲渡資産を四五億円(同年七月一五日までに国土利用計画法上の不勧告通知がされた場合)ないし四五億五〇〇〇万円(同年七月三一日までに国土利用計画法上の不勧告通知がされた場合)で買い受けること、〈2〉訴外会社は原告に対し、同年六月三〇日に一億円、同年七月七日までに九億円を預けること、〈3〉右金員は代金の一部に充当されること、〈4〉本件譲渡資産については、現状有姿のままとし、譲渡代金と引換に、建物の取壊し承諾書を交付することによって原告の履行とすることなどを約した「お願い」と題する書面が交付され、原告と訴外会社は、東京都中央区長に対し、本件譲渡資産に関し、譲渡人を原告、譲受人を訴外会社とする国土利用計画法に基づく同年七月三日付け「土地売買等届出書」を提出し(その後、平成元年七月三一日付けで変更届がされている。)、同月三一日付けで、東京都中央区長から不勧告通知がされた。

5  原告は、本件譲渡資産の譲渡代金として、訴外会社から、平成元年六月三〇日に一億円、同年七月一一日に五〇〇万円、同月一二日に二〇〇万円、同月一四日に六億円、同月二一日に三億円、同月二五日に三〇〇〇万円、同月三一日に三五億五〇〇〇万円、合計四五億八七〇〇万円の支払を受け、同年七月三一日、本件譲渡資産である建物を取り壊すことについて異議を述べない旨の原告名義による「建物取り壊し承諾書」を作成し、これを訴外会社に交付した。

6  原告は、本件譲渡資産が思ったよりも高く売却できたこともあって、平成三年二月、多七及び小川とよに各二五〇〇万円、柳町シンに四〇〇万円、高梨エツ、小川リツ、小川三郎、小川昌男及び小川リエに各四二〇万円、小林公子、小川貴正及び小川統央に各八〇〇万円の合計九九〇〇万円を支払ったものの、多七以外の相続人らに対して、本件譲渡資産の譲渡代金がいくらであったかを知らせてはおらず、また、訴外会社から代金全額を受領した後も、特に相続人らとの間で、譲渡代金の配分について協議したこともなかったが、そのことについて相続人らから異議等がでたことはなかった。

二  そこで、本件決定に原告主張の違法があるかどうかについて検討するに、まず、原告は、平成元年中には本件売買契約による売却が確定しておらず、本件譲渡収入も収入として未だ確定していたと判断することが困難であったから、これを申告しなかったことに正当な理由がある旨主張する。

ところで、所得税法三六条一項にいう「収入すべき金額」とは、収入すべき権利の確定した金額をいうものであり、譲渡所得についての収入金額の権利確定の時期は、当該資産の所有権その他の権利が相手方に移転する時であると解されるところ、前示のとおり、本件においては、平成元年七月に本件売買契約が締結され、同月三一日には、原告は、訴外会社から譲渡代金全額の支払を受け、「建物取り壊し承諾書」を交付していることからすれば、同日までには、本件譲渡資産の引渡しが行われ、その権利が移転したものと見るべきであり、本件譲渡収入は、平成元年分の総収入金額に算入すべきものであることが明らかである。

原告は、訴外会社が暴力団と関係のある地上げ屋であり、後日契約の効力が否定されるおそれがあったことなどから、平成元年分の収入として確定していると判断できなかった旨主張するのであるが、法六五条四項に規定する「正当な理由」がある場合とは、過少に税額を申告したことが納税者の責めに帰することができない客観的な障害に起因する場合など、当該申告が真にやむを得ない理由によるものであり、納税者に過少申告加算税を課すことが不当若しくは酷になる場合を意味するものであって、その過少申告が納税者の税法の不知又は誤解であるとか、納税者の単なる主観的な事情に基づくような場合までを含むものでないと解するのが相当であり、前示のとおり、既に売買代金全額の授受が完了し、当該資産の引渡しも終了している以上、その収入が当該年分に帰属することについては疑義の生じる余地がないのであって、原告主張のような不安があることは当該収入の帰属年分を何ら左右するものではなく(また、そのような不安が解消するまで当該譲渡所得の申告が猶予されると解すべき法令上の根拠も存在しない。)、原告が平成元年分の収入でないと判断したことは、原告の独自の見解ないしは誤解に基づくものというべきであり、右にいう「正当な理由」に当たらないことはいうまでもない。

なお、原告は、被告所部の調査担当職員の対応などからすると、被告でさえ右譲渡収入の帰属年分の判断が困難であった旨主張するが、前示のとおり、本件譲渡資産の売却による収入が平成元年分に帰属することは明らかであって、その判断に困難を伴うとは考えられず、原告がそれと異なる判断をしたことに正当な理由があるということはできない(なお、原告が調査担当職員にその帰属年分を尋ねたのは、当該職員が税務調査に来訪した平成二年一一月のことだというのであり、既に平成元年分所得税の確定申告期限を経過した後のことであるから、同職員の対応いかんは、原告が本件譲渡収入を申告しなかったことについての正当な理由を基礎付けるものでないことはいうまでもない。)。

三  次に、原告は、本件申告時には、相続人らとの間で配分の合意が成立していなかったから、本件譲渡収入のうち、原告の法定相続分(二〇分の一)に相当する額を超える部分については、原告の収入として確定しておらず、申告の基礎とすることができなかった旨主張する。

1  しかし、前記認定のとおり、〈1〉原告は、相続人らとの間で、同人らが原告に対し、本件資産についてそれぞれの有する共有持分を一定の代金額で譲渡する旨の共有持分譲渡契約書を作成した上、本件売買契約の成立前に、相続人らに対し、その代金の半分以上を支払っていること、〈2〉原告は、多七以外の相続人らに対し、訴外会社にいくらで売却できたかを一切知らせておらず、譲渡代金の配分の協議もしていないのであって、相続人らとしても、本件譲渡資産の相続に関しては、共有持分譲渡契約書による代金を原告から受け取ることによって、その権利を失うという認識であったと窺われること、〈3〉訴外会社は、本件譲渡資産が原告及び相続人らの共有であることを知っていたにもかかわらず、専ら原告のみを相手に売買交渉を行い、契約内容を記した「お願い」と題する書面も原告あてに交付し、売買代金も原告に対して支払っていること、〈4〉原告は、譲渡人を原告とする国土利用計画法に基づく届出を行っており、また、訴外会社に対する「建物取り壊し承諾書」も原告のみの名義で作成交付されていることなど前記認定の事実関係からすれば、原告は、訴外会社との本件売買契約を締結するに当たり、本件譲渡資産について、一旦自らが相続人らから各共有持分の譲渡を受けた上で、自己の本来の持分と併せて訴外会社にこれを譲渡したものと認めるのが相当である。

2  この点について、原告は、本件譲渡資産のうち自己の持分を除く部分については相続人らから委任を受けて訴外会社に売却したものである旨主張し、甲第一一号証(原告の陳述書)及び原告本人尋問の結果中にはこれにそう記載及び供述部分があり、また、相続人らから原告にあてた委任状も存在している。

しかしながら、原告と相続人らとの間には、右委任状とは別に、前記共有持分譲渡契約書が作成されており、しかも、原告は、相続人ら(多七を除く。)に対し、売買交渉の経過や最終的にまとまった売買代金の額も知らせたことがなく、訴外会社による代金支払いが完了した後も、相続人らとの間で、譲渡代金の配分について協議したことがないなど、原告が相続人らから委任を受けていたというには極めて不自然であるといわざるを得ないし、また、原告の供述等によっても、委任の具体的な内容、特に代金の配分をどうするということであったのか必ずしも定かでない(原告の陳述書では、売却額が決まる前からその配分について大体の合意が整っていたというのに対し、原告本人尋問の結果では、事前にそのような合意はできていなかった旨供述するなど、一貫していない。)ことなどに照らすと、前記記載及び供述部分はたやすく採用することができず、相続人らの委任状が存在することから直ちに、本件売買契約が相続人らの委任に基づいて締結されたとすることもできない。

なお、相続人らが原告から持分譲渡代金の支払いを受けた際に作成した領収証(乙第二号証の三、第三号証の二ないし七の各二、)の但書には、「平成元年 月 付処分(売却、担保権設定等)委任契約に基づく処分の結果私が受領する代金全額として」との記載がされているが、いずれも本件売買契約の成立前に作成されたものと窺われ、その金額も、原告との間で作成された共有持分譲渡契約書に記載された持分譲渡代金の各金額と一致することからすれば、右但書の記載をもって、本件売買契約が相続人らの委任に基づいて締結されたとの根拠とすることもできない。

3  そうすると、原告は、本件譲渡資産の売却によりその譲渡代金全額(四五億八七〇〇万円)を収受し得る権利があったというべきところ(原告の実質的な取り分は、右譲渡代金全額から相続人らに支払った合計二六億五〇〇〇万円の取得費を控除した一九億三七〇〇万円となる。)、右譲渡代金収入が平成元年分に帰属するものであることは前示のとおりであるから、本件申告時において、本件譲渡収入(一八億三八〇〇万円)が原告の収入として確定していなかったということはなく、原告がこれを計上して申告することは可能であったというべきであって、原告の前記主張は失当である。

なお、原告は、被告が、本訴において、原告が相続人らから本件譲渡資産の各持分を譲り受け、自己の持分とともに訴外会社に対し売却したという主張をすることは、違法な処分理由の差し替えであって許されない旨主張するが、被告の右主張は、原告が自己の法定相続分を超える譲渡収入を申告することはできなかったと主張するのに対して、本件申告時に本件譲渡収入全額を計算の基礎として申告することができた理由として主張しているものにすぎず、いわゆる処分理由の差し替えの問題でないことは明らかであって、その主張を妨げる理由は何ら存しないというべきである。

四  原告は、本件においては法六五条五項の適用がある旨主張する。しかし、法六五条五項の適用により過少申告加算税が非課税とされるためには、修正申告書の提出があった場合において、その提出が当該国税について更正があるべきことを予知してされたものでないことが必要であるところ、本件においては、原告が本件譲渡収入につき平成元年分の所得として修正申告書を提出していないことは明らかであり、原告が主張するように、平成二年分所得税の確定申告書の提出をもって(原告が平成二年分所得税について本件譲渡収入を計上して確定申告をしたことは当事者間に争いがない。)平成元年分所得税の修正申告書の提出とみなすことができる法令上の根拠はないから、平成元年分の所得税につき修正申告書の提出がされていない以上、その余の要件について検討するまでもなく、本件において法六五条五項の規定を適用する余地のないことはいうまでもない。

五  また、原告は、本件譲渡収入の帰属すべき年分を誤ったとしても、それはわずか一年にすぎず、本件更正に伴う延滞税の賦課により税収は確保されているのであるから、本件決定は裁量権の範囲を逸脱するものである旨主張する。しかし、過少申告加算税の賦課決定について、税務署長に裁量権が認められる余地のないことは明らかであり、賦課要件が備わっている以上、これを賦課しないとすることは許されないのであって、裁量権の範囲の逸脱をいう原告の主張は失当というはかない(なお、本件譲渡収入について、翌年度に申告したからといって、本件申告が過少申告でなかったことになるわけではないし、過少申告に対し加算税を賦課すべき事由が延滞税の納付によって解消されることにならないことも明らかであり、原告の右主張は独自の見解といわざるを得ない。)。

六  以上のとおりであって、原告が本件申告において本件譲渡収入を計上していなかったことについては、法六五条四項の規定する正当な理由があるとは認められないし、また、同条五項を適用する余地もないというべきである。

そして、被告の主張1については当事者間に争いがないから、本件決定は、法六五条の規定により適法に算出された金額を賦課したものであって、適法である。

七  よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条及び民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤久夫 裁判官 岸日出夫 裁判官 徳岡治)

(別紙)

〈省略〉

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